タイ

2017年01月31日

縁は空を超えて 完結編

みなさんおはようございます。

いよいよあさっては、高野山大学にて修士論文口述試問の日。

というわけで、今夜の深夜便で日本へ帰ります。

修士論文のタイトルは、

「仏教瞑想による気づきの開発とその現代的意義」


この論文を書いている時間は、「幸せに生きるとは一体何なのか?」「幸せに死ぬことはできるのか?」といった子供のころからの疑問に向き合った時間でもありました。

そして指導教官井上先生のアドバイスをもらいながら、幸せというものを僕なりにこう仮定しました。

「その時その時に心をとどめて徳性にかなった行動をとることで心が安定し、世間の浮き沈みに触れても心が動揺せず安らかでいられること」 

今ここに気づいてなすべきことをする。簡単なようで難しいことですよね。過去に対する後悔や将来への不安といったものに知らない間に心がおおわれることも多いでしょう。

我々の心は思考と感情の波に揺れる小舟のようなものですからねー。

でも難しいけど、何度も何度も失敗を繰り返しながらでも、練習していけばいいんですよね。

そして、その練習には「気づきの瞑想」が役に立つというのが、この論文の主旨なんです。

気づきをだんだんと確立させていくことができれば、心もだんだんと安定し、青空の下の凪いだ海を颯爽と航海する豪華客船になるかもれません。

そのぐらいに心を鍛えることができれば、病気や死を受け入れて、幸せな最期を迎えることができるのではないでしょうか。

この論文を通じてお会いすることができた、タイのカンポン氏の姿がまさにそのことを証明してくださったような気がします。

指導教官の井上ウィマラ先生、カンポンさん、スカトー寺のプラユキ師、そしてカンポンさんの著書を訳された、ライトハウスの浦崎さんとそのご家族、この論文を書くことによって出会えた方々に心より感謝しています。

井上先生が高野山から空を超えて紡いでくださった縁により、人生にとって本当に大切なことを学ぶことができたと感じています。

そして最後に、大学との各種連絡などの煩雑な作業を、高齢にもかかわらず、日本で僕の代わりに行ってくれた、両親に改めて感謝の意を表します。

では いってまいります!!

今回もお読みいただきありがとうございました。

なお、日本にいる間は更新がストップすると思います。

またこちらに戻ってきてから、お送りしますね
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berialshunnya at 16:00|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2017年01月29日

縁は空を超えてpart10

今朝の記事の続きです。

2016年3月に高野山大学での研究発表も終え、修士論文は最終章にさしかかりました。

最終章のタイトルは「現代にいかされるべき気づきの瞑想」。

そして、僕はこの章でぜひカンポンさんのことについて書いてみたいと思っていました。

気づきの瞑想法により、事故による全身麻痺という絶望の淵から復活するだけでなく、安寧の境地まで得られたカンポンさん。

是非お会いして、少しでも言葉を交わしてみたいという僕の願いを、浦崎さんがかなえてくださいました。

その1か月後にお亡くなりになったことを思うと、僕がお会いできたその時期にはカンポンさんのお体は厳しい状態にあったと思われます。 


しかし、僕に向けたくれたお顔はとてもそのような状態にある方とは思えない、すがすがしいものでした。これは、カンポンさんに会った多くの方が、驚きとともに口にする共通の感想だったようです。

僕がバンコクの学校で教師をしているとお聞きになったカンポンさんは、別れ際に「先生としての仕事に幸せを感じていますか」とお聞きになりました。

気づきの瞑想に出会い、今ここに気づくこと、そしてわいてくる思考にはまらず、それに気づいて手放す練習をするうちに、僕の教師としての生活もそれまでとは違うものになってきていました。

そして、カンポンさんのその質問に「はい、幸せです」と答えることができたのでした。

カンポンさんとお会いできたのはこの一度だけで、この会話がカンポンさんとの最後の会話になってしまいましたが、カンポンさんからいただいた教えは、これからも僕の人生を照らす灯りとなっていくでしょう。

カンポンさん、本当にありがとうございました。。

なお、カンポンさんについての詳しいお話は、こちらのライトハウスHPでお読みいただけます。

今回もお読みいただきありがとうございました。
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berialshunnya at 18:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

縁は空を超えてpart9

高野山大学院での修士論文作成で出会ったタイの「気づきの瞑想」  

指導教官の井上ウィマラ先生に紡いでいただいたタイへの逆輸入ともいえる空を超えた縁  

今朝は昨日に引き続きの第9回目。 

スカトー寺での瞑想体験を経て、修士論文のテーマにたどりついたのが、大学院入学からちょうど1年。

1年目に必須科目の単位などはほぼとりおえていたので、2年目は修士論文作成がメインとなります。

井上先生にアドバイスをうけながら、少しづつ書きすすめていきました。

そして大学院在籍2年目の10月に再びスクーリングを受けに高野山大学へ。 

僕の受ける科目が、ちょうど井上先生のスクーリングが終わる日にはじまる科目だったので、教室の外ででまちしていました。

教室の中から聞こえるあの歌声(これについては過去記事参照)

今年の井上先生の講義もクライマックスだなあと教室で待つこと数分。

ギターを持って出てこられや井上先生。

しかし、なにやらお急ぎの様子で、ご挨拶もそこそこにという感じで行ってしまわれると思ったその瞬間、

くるっと踵をかえされ、

井上先生:「そういえば、ウラサキマサヨさんにはもう会った?」 

私:「(ウラサキさん?誰?誰?。。)いいえ。。まだですが。。」

井上先生:「会うといいインスピレーションもらえると思うよ。じゃあ。」

一瞬何が何だか分からないまま、ただウラサキさんという方が、僕の修士論文にとってのキーパーソンであることだけは、ズシッっと心に響いてきました。

早速、ネットで検索。

浦崎雅代さん。。

あ、カンポンさんの著書「気づきの瞑想で得た苦しまない生き方」の訳をされた方だ。。

それはぜひともお会いしたい!でも井上先生に直接紹介していただいたわけでもないし、大丈夫かな?とダメもとで浦崎さんのTwitterに直接ご連絡させていただきました。

ほどなく浦崎さんから、ぜひぜひとの快い返答が。

その頃ちょうど浦崎さんも教鞭をとられていたマヒドン大学を退職され、家族でカオヤイに移住されたばかりだったと記憶しています。

そして、2015年11月の週末、いよいよ浦崎さんへ会いにAとカオヤイへ出発。

余談ですが、実は道中で追突事故を起こし、立往生する中、バンコクからAのお姉さんが助けに来てくれたおかげで、ようやくお会いできたんです。。

そんな事があったので、浦崎さんとの最初の出会いは多分一生忘れられないメモリー

そんなこんなでようやくお会いできた、浦崎さんとその旦那さんのホームさん、そしてまだまだ小さかった3G君と自己紹介をかねて食事をさせていただきました。

浦崎さんも旦那さんも笑顔の素敵な気さくな方。お二人で大学を退職してカオヤイに移住を決めた経緯や、ホームさんが長らく僧侶として生活されていた話など、いろんな話を聞かせてくださいました。

食事の後、ライトハウスに案内してもらいました。ライトハウスはカオヤイの山々を見渡せる大自然の中に、オーナーのエーさんという女性がつくられた、瞑想場。

広大な敷地内にはお寺もあり、また簡素ながら清潔な宿泊用の小屋も用意されていて、滞在しながら瞑想修行も可能です。


また、自然の中でリラックスする目的で滞在することもできます。空気もおいしくて、風も心地よく、夜には満天の星空を満喫できますよー。 

現在ライトハウスのHPを作成中とお聞きしていたのですが、ちょうどこの記事をおろすタイミングでできあがったみたいです!なんともグッドタイミング

浦崎さんの思いがつまったHP、是非こちらよりごらんください。ライトハウスHP 

そして、このブログの過去記事死は人生の最終科目で紹介したカンポンさんのメッセージ。HPの中のカンポンさん記念館情報のところで、なんと僕の翻訳を使ってくださってます。。

感激 

さて、2015年11月、最初にライトハウスを訪れた日は残念ながらカンポンさんは、不在でしたが、浦崎さんとそのご家族とお会いできたご縁を胸にライトハウスを後にしたのでした。

続きは午後便にてお送りいたします! 

今回もお読みいただきありがとうございました。                 押して押して~
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berialshunnya at 09:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2017年01月28日

縁は空を超えてpart8

高野山大学院での修士論文作成で出会ったタイの「気づきの瞑想」 

指導教官の井上ウィマラ先生に紡いでいただいたタイへの逆輸入ともいえる空を超えた縁 

今週末はついにクライマックス。

3本連続でお届けします。

 縁は空を超えてpart6でお伝えした通り、スカトー寺にてプラユキ師から直接気づきの瞑想の指導を受けることができました。

そして次の日からさっそく実践。

しかし、これがなかなか難しかったのであります。

というのも、僕はもともと、とりとめもなくボーっと考えごとをする癖が強く、はっと気づくと一体どのぐらいの間考え事をしていたのか分からないぐらいということもよくありました。 

実家にいる時は母によく「またボーっとして!」と注意されたものです。

まさに今ここ生活とは対極。。。

なもんで、瞑想をはじめるやいなや、ぐわーっといろんな思いがわいてきます。


まるで無数の思考のボールが心の中をとびまわっているような感じです。

そこで思い出したのがプラユキ師のあのアドバイス。

「瞑想を行っているとそのうちにフラフラと心がさまよいはじめます。そしていろいろな思いが浮かんでくることと思います。その思いに気づいたら手に気づきをもっていきます。この手は昨日の手でも明日の手でもありません。今ここの手です。こうやって手に気づきをもたせられれば、心も今ここに戻ることができます」 

そうだそうだ、思いがわいてくることがいけないんじゃなくて、その思いに気づいたら、それを手放してこの体に戻ってくればいいんだ。。

何も考えるな、という方法では、「そんなことできない!」ってなりますが、考えがわいてきてもそれに気づいて手放すことならできそうな気がしました。

「何分座ってたらいいんだろう?」いらっしゃい思考さん。気づいて手放します。
「晩御飯ないけど体もつかな?」いらっしゃい思考さん。気づいて手放します。
「今晩プラユキ師にどんな質問しようかな?」いらっしゃい思考さん。気づいて手放します。

こういうことを繰り返していくうちに、それまで心の中ではねまわっていた無数のボールがだんだんとその動きを弱めていくような感じがしました。

そしてそれと同時に、鳥の鳴き声や顔をなでる風がそれまでよりくっきりと感じられはじめ、ゆったりとした心持ちになったことを覚えています。

このスカトー寺での経験は、僕の日常生活を変える力がありました。

正しくは、生活そのものが変わったのではなく、生活に対する受け入れ方が変わったのだと思います。

例えば、学校の授業中でも、クラスがざわついていると、昔なら「なんで聞いてくれないんだろう」とか「教師には向いてないんだろうか」といったイライラや負の思考にはまりこんでいました。

今でもそういう思いも浮かぶことはありますが、その思考に気づくと手放し、今やるべきことに戻ることができるようになってきました。

「静かにしろ!」と昔なら声を荒げていたところですが(一瞬静かになっても長期間の効果が得られないことは実践ずみです。。)

今は、スカトー寺での体験を思い出して、手に気づきをもどしてから

「今日もみんな元気やなあ。楽しそうでええやんええやん。でも今から大切なこと言うからちょーっと先生の言うこと聞いてくれるかあ?」

てな感じで接することができるようになりました。

以前は自分の思考にはまりこみそれを生徒におしつけようとしていたのかもしれません。今ここに気づくことで、いったんその思考から距離をとることができるんですよね。

で、結局その心の余裕が今までより生徒との関係を良好にしていくといういい循環を産んでいるような気がしています。

この気づきの瞑想は、日常からはなれてお寺や修行道場でないと行えないものではありません。シャワーを浴びている時、洗濯物を干している時、どんな時でも今ここに気づきをともなわせる修行をすることができます。

日常生活との乖離がないからこそ、日常に大きく役立つ瞑想法だといえるでしょう。

さて、プラユキ師から指導を受けて瞑想実践をしたことによって、いよいよ僕の修士論文もその方向性が固まってきました。

「仏教瞑想による気づきの開発とその現代的意義」

大学院入学から1年をへて、ようやく論文のテーマを見い出すことができたのでした。



スカトー寺に興味を持たれた方、詳細は以下のホームページでご確認ください。

スカトー寺ホームページ
(右下のENTER SITEより英語ページに入れます)

今回もお読みいただきありがとうございました。   押して押して~
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berialshunnya at 11:20|PermalinkComments(2)

2017年01月22日

せっかく風邪をひいたので

みなさんおはようございます。

今朝は、体と心の話などさせてもらおうかなと思います。

実は、私、火曜日ぐらいに風邪をひきまして、喉の痛みや若干の悪寒といった症状がでていました。

で、最近このように体調が悪くなった時に、必ず思い出すのがカンポンさんのこと。

過去記事死は人生の最終科目でも書かせていただきましたが、カンポンさんは、若くして事故にあい、全身麻痺に近い状態になられました。しかし、気づきの瞑想と出会い、修行を積まれることによって、絶望の淵から復活されるだけでなく、安寧の境地にまで達せられた方。 

浦崎雅代さんが訳された、カンポンさんの著書「気づきの瞑想で得た苦しまない生き方」、の中の「心の障害にさようなら」にはこう書かれています。

気づきの力がついてきたことにより約1か月後、体と心についての理解が深まってきました。体は体であり、心は心であるということも、よりはっきり観えてくるようになりました。体は心ではなく、心は体ではない。ともにありながらもそれぞれが異なった姿や働きをもち、異なった役割を担っている別物だと見分けることができるようになったのです。

この気づきが起こったとき、心は障害にさよならを告げさせてもらいました。そして、別れを告げた心は気づきとともに歩み始めました。それにより障害を体の側だけに担わせることができ、心は体の状態から自由になったのでした。


私が去年の3月にカンポンさんにお会いした時、カンポンさんの体は末期の癌という厳しい状況でした。そのような状況の中でも、とても澄んでいらしたカンポンさんのお顔は、著書で書かれているように、体の状態から自由になった心の表れだったと思います。

その時のカンポンさんの身体の状態にくらべれば、風邪なんて、取るに足りないほどのものです。

しかし、われわれは、そのちょっとした風邪ぐらいでも体調の不良に追随して心の調子までくずしてしまいがちですよね。

僕も以前はこれは当たり前のセットで分けることができないものだと思っていました。

ですが、カンポンさんの著書を読み、実際カンポンさんにお会いして以来、僕も心と体は別物だということについて考えるようになってきました。

もちろんカンポンさんの域にはまだまだとおーーーーいですがね。

今回も、喉が痛かったり、咳が出たりという体の症状のことは症状として薬にまかせ、「いつよくなるんだろう」とか「授業がたくさんあるのに、もう最悪だー」などという憂鬱な思いがでると、それに気づいて手放すようにしてみました。 

身体の症状は症状として観るようにしていくと、今度は風邪を治そうとしている身体に逆に感謝の念がわいてきたりもしました。 

誰もが迎える人生最期の時は、今までお世話になった身体もその機能を停止します。

その時は、「今までありがとうございました。ゆっくりお休みください」と澄んだ心で身体に声をかけられたらいいな、と思うのであります。

今回もお読みいただきありがとうございました。                                   押して押して~
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