2020年09月02日

父復活

みなさんおはようございます。

バンコク高校教師とは関係のない話ですが、

ほっとひと安心できる話があったので、ご報告まで。

以前、ビデオでお見舞い動画を送っているというこの記事を書いた時は、

父もまだまだ厳しい状態で、果たして寛解して退院ができるのか、

そのまま病院で弱っていくのか、ということもよく分からない状態でした。



しかし、お医者さんや看護婦さんの尽力もあり、

2週間ほど前に無事退院することができました。

病院生活最後の方では、退院後にある程度のことは自分でできるように、

看護婦さんに尻を叩かれつつ、リハビリに励んだこともあり、

杖なしでもゆっくりと歩けるぐらいには筋力も回復したようです。

リハビリの最初の方は、

「今まで生きてきて頑張ったことなかったのに、最後に頑張らないといけないのか」

と憎まれ口をたたいていたようですが、

父の発言というのは、斜め上からシニカルにってのが定番なので、

その時はその言葉を聞いて「お父さんらしさが戻ってきた」

と逆に安心感を覚えたりしました。

さて、現在の父ですが、

体重も15キロほど減り、嚥下力も低下し、大腸の癌はそのままに

採尿バッグと人工肛門装備と聞くと、

さぞかし重病人(重病ではあるのでしょうが)のようですが、

久しぶりに聞く父の声と、会話力は、いまだ衰える気配なし。

毎日、新聞を読んだり、テレビを見たりと、

入院前と全く変わらない生活パターンで日々を過ごしているようです。

元々、外出をすることもほとんどなく、

首から上だけで生きているような人(笑)だったので、

現在の生活をストレスに感じることがないのが、今となっては強みですね。

母がスマホの練習がてらに、ラインで送ってきてくれた写真を見ても

(83歳でそれをやろうとする母もなかなかのものですが)

顔つきは、今までとあまり変わらないような気がします。
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三途の河を渡ろうとしたけど、どうも船の時間を間違えていたようですね。

できれば、次の船がまだしばらく迎えにこないことを祈っています。


さて、今回父の入院中、日本の友人、タイの友人、いろいろな方に

心配と励ましの声をかけていただきました。

そのおかげもあり、父の危篤時に日本に帰れないという非常事態でも、

母と話し合いながら、色々と冷静に対処することができました。

皆様の温かいお心遣い、本当にありがとうございました。

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今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

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berialshunnya at 09:00│Comments(0)

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